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研究会・シンポジウム



ブラック・ナショナリズムの変遷
ジュディス・スタインセミナー参加記
中村 寛

 2001年6月22日、アメリカ太平洋地域研究センターにて、ニューヨーク市立大学歴史学部のジュディス・スタイン教授による講演会が行われた。"Black Nationalism from Garvey to Malcom X"と題された講演で、彼女は、19世紀から20世紀半ばに至る時期のいくつかの主要な政治的・経済的・社会的動向を取り上げ、それらとの関係でブラック・ナショナリズムの実践がどのような変遷をたどってきたかを論じた。その中でも特に焦点を当てるのが、マーカス・ガーヴェイである。

 無自覚に用いられるカテゴリーが複数存在する現在の人文・社会科学の領域内で、一人の思想家・活動家の言葉や行動を丹念に読み解くスタイン教授の作業の功績は大きい。たとえば、文化・社会・歴史・コミュニティといった今では誰もが日常語のように用いる言葉を吟味する際に、誰が、どのようなコンテクストで、誰に向けて、どのような意味でその言葉を発し、振舞ったかが問題になるのと同様に、それは言葉の字面だけを素早く理解する行為とは程遠いところにある。スタイン教授の仕事もこのような試みだと言えるだろう。

 本講演において、まずスタイン教授は、ブラック・ナショナリズムを人種意識(race consciousness)と明確に区別する。そして、近代のブラック・ナショナリズムは人種的結束(racial solidarity)という考えと大衆参加・大衆動員(mass participation/mass mobilization)という考えとが出会うことで成り立つと述べる。人種的結束は、植民地時代に西洋の帝国主義に対峙する中で生まれたものであり、一方で大衆動員は、第一次世界大戦の産物であり、その最も顕著な例がガーヴェイズムだと言う。

 次にスタイン教授は、ガーヴェイが降り立つ以前の米国の状況分析から始まり、第一次大戦中、そしてそれ以降のガーヴェイの実践を分析し、ガーヴェイが統一的な理念や文化ナショナリズムを立ち上げようとしていたわけではなく、権力や経済的力を求めていたと述べる。この点に彼女は1960年代以降のブラック・ナショナリズムとの違いを見る。ガーヴェイの理念は細分化されながらも、ネイション・オブ・イスラム(以下NOI)等の組織によって引き継がれていくことになるのだが、彼女はネイション・オブ・イスラムをカルト的と表現する。また、マルコムXやストークリー・カーマイケル等の著名な活動家が、人種だけに関心を絞りすぎたために、1960年代後半の新たな黒人政治的エリートの存在を正確に捉えることが出来なかったとも言う。

 ガーヴェイの言葉や行動を丹念に追ってきた彼女が、NOIについては詳細な吟味もなく、カルトという言葉で括ってしまうのはなぜだろうか。講演の後、彼女に話し掛け、NOIについていくつかの質問をしてみた。話がNOIに及ぶと彼女の表情はとたんに険しくなる。NOIに対してかなり強い違和感を持っているように感じられた。これはスタイン教授への批判ではない。そうではなくて、なぜ彼女がそのような態度をとらざるをえないのかと問いたいのである。そもそもスタイン教授を、ガーヴェイをはじめとする黒人史研究へと駆り立てるものは何であろうか。

 歴史家は、何らかの意識的・無意識的な現在の関心から始まって歴史史料に臨むに違いない。本講演は、内容そのものが持つ面白さもさることながら、さまざまな疑問を湧かせてくれるという意味でも刺激的だった。

(なかむら ゆたか:一橋大学大学院)



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