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研究会・シンポジウム



「環太平洋の時代」を見据えて
国際シンポジウム参加記
菅(七戸)美弥

 2000年9月30日、10月1日の二日間、国内外の研究者を招待し、「21世紀のアメリカとアジア太平洋世界−摩擦から共生へ−」と題した国際シンポジウムが開催された。1日目の公開シンポジウムでは、(A)文化接触・融合(B)学術・文化交流のテーマで、2日目は専門者会議の形で(C)外交・安全保障(D)情報社会(E)経済・環境に分かれて専門家の発表を基に環太平洋を取り巻くさまざまな議題が討議された。

 まず、公開シンポジウムでの議論を振り返ってみたい。基調講演者による、多様な大小の島々から成る太平洋を「豊穣な三日月の海」とするイメージはとても興味深く、太平洋の平和構築に向けて日本の貢献が必要であるとの主張に強く同感した。部会Aでは、オセアニアへの移動と定住の歴史や、日本が鎖国後に多様な世界に出会った際の衝撃、摩擦の歴史を考察する発表が続いた。中でもアジア太平洋への視点は次々と生まれる動きに対応した具体的、現実的なものであるべきで、各文化の持つ「知恵」を活用して共通の課題を解決していかなければならないという意見や、環太平洋を包括的に考察するには、太平洋を囲む大国だけではなく、太平洋の小さな島嶼国と大国との間のギャップをどうとらえるか、どのように下からの視点、現実の視点を研究に取り込むかが重要であるとの議論はシンポジウムの始まりにふさわしい重要な問題提起となった。

 次に、部会BではAPRU(Association of Pacific Rim Universities)やUMAP(University Mobility in Asia and the Pacific)による具体的なアジア太平洋の大学間交流活動が紹介された。部会Aで示されたように「太平洋共同体」の構成国、地域は、多様で共同体として一枚岩であるとは言い難い。そのような現実を反映して、太平洋研究の現状も、その定義、対象、方法の上で非常に多様であり、例えばオーストラリアとヨーロッパにおける太平洋研究はきわめて異なった性格を持っているという。この多様性は今後も維持されるであろうが、さまざまな学術交流によるコミュニケーションが一定の共通理解を生みつつあるようである。学術・文化交流のセッション中で報告があったAPRUによる交流の試みは活発なものであり、この種の交流計画の果たす役割は益々増大することであろう。

 次に、2日目の専門家会議は、国際関係、IT革命等の情報社会、環境の分野の諸問題がテーマとなった。以下にいくつか興味を引いた議論を紹介したい。部会Cにおいて経済相互依存の深化により、紛争の可能性は低くなるというアジア太平洋の国際関係の見取り図が提示された。それに対して、依然として朝鮮半島情勢は不安定であること、イデオロギーの問題やナショナリズムが加熱傾向にあることが指摘され、白熱した議論となった。加えて、IT革命のアジアでの現状とその意義、問題等に関する発表に対して、文化のグローバル化の波に対抗した「本質的な文化」なるものは存在するのか、IT革命の意義を過大評価する傾向があるのではないかという指摘があった。経済相互依存が深まり、益々均一化した情報が共有されつつある一方で、アメリカにおけるAPEC会議での混乱に見られるように、各国でのローカリズム、ナショナリズムの動きは看過出来ないことを実感した。

 2日間の会議を通して、太平洋の自己・他者イメージの誤解、摩擦の継続や、アメリカ、オーストリア、ニュージーランド、中国といった国々のアジア太平洋への認識や関与のあり方の大きな隔たりを改めて痛感させられた。欲を言えば、IT革命、文化のグローバル化の牽引力であるアメリカの一見矛盾した保護主義的行動の背景や、アメリカのアジア太平洋地域への関与のあり方に関して、議論を一層踏み込んだものとして欲しかった。しかし会議全体を振り返って、アジア太平洋の時代にむけた、土着の視点の組み込み、国境を超える環境問題やIT革命によるグローバル化についての現状認識、新たなナショナリズムの動きなどの諸問題を包括的に議論した意義は高いと思われる。

 このアジア太平洋地域には「文明の衝突」が示すように儒教文明と西欧文明が混在しているのは周知の通りである。しかし「衝突」ではなく、初日の部会Aのテーマが示すごとく、「文化融合」の可能性も存在し、日本人が積極的なイニシアティブを取ることが期待されている。大きな可能性を秘めたアジア太平洋世界での日本の果たすべき役割、関与の方向性を考える上で、今回の国際シンポジウムは大変有意義であった。

(すが(しちのへ)みや:アメリカ太平洋地域研究センター非常勤研究員)



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