文部省科学研究費補助金「特定領域研究(B)」



経済変動班 1998年度活動概要・研究会議事録


1998年度活動概要

12月の全体会議で報告した方針にしたがって、今年度から積極的な研究会活動を開始している。今年度は主として、第1編の米国経済の構造分析の領域を先行させており、2月末のワークショップ合宿で中間総括的な検討を行った後、来年度初めの5月下旬に開催される国際ポランニ学会で、日米比較を中心とするセッションを設定して、国際的な研究ネットワーク作りも開始する予定である。

1998年度研究会議事録
凡例:1)会議あるいは報告タイトル、2)報告者、3)日時、 4)場所、5)コメンテイターなど、6)会議の概要

第1回

1)アメリカ経済の諸相

2)岡田徹太郎(東京大学大学院)、渋谷博史(東京大学)、井村進哉(中央大学)、添田利光(中央大学大学院)、首藤 恵(中央大学)

3)98年9月26日

4)東京大学

5)秋山義則(滋賀大学)

6)概要:

[1] 岡田徹太郎「アメリカの住宅・コミュニティ開発政策における政府間関係」
アメリカの住宅・コミュニティ開発政策について、なにゆえ州・地方政府による自主財源投入が低水準にとどまったのか、あるいは、なぜ積極的な政策の発動に州・地方政府が反対したのかについて、他の政策分野との比較を交えながら、1970年代のアメリカの連邦補助金改革を事例に報告。

[2] 渋谷博史「アメリカ型福祉国家財政:ニクソン期を素材に」
ニクソン共和党政権期のベトナム戦費、インフレ対策、社会保障法改正、福祉改革、国民医療保険案の挫折、企業年金の規制および租税優遇措置、政府間財政関係(レベニュー・シェアリング等)などを素材として、アメリカ型福祉国家の構造を財政面からアプローチ・分析し、その財政的枠組みの全体を貫く論理について報告。

[3] 井村進哉「現代アメリカの住宅金融機構」
アメリカ型福祉国家システムの典型としての住宅金融機構の特質の解明を目的に、住宅・住宅金融市場のアメリカ的特質とその歴史的展開過程について報告。公的部門の関与の間接化や民営化を通じて市場メカニズム導入を指向しつつも、パラドキシカルに公的部門が関与するシステムが肥大化していることを指摘。

[4] 添田利光「アメリカ商業銀行の途上国向け貸出について」
1980年代の途上国債務問題について、従来の研究に見られるような「借り手」側の研究ではなく、代表的な「貸し手」であるアメリカ商業銀行の立場から、その行動について分析。アメリカ商業銀行にとって途上国向け貸出がどのような意味をもっていたのかについて報告。

[5] 首藤恵「年金基金とコーポレイトガバナンス」
年金基金は、投資信託と並んで資産管理産業の核となる存在である。この報告では、新しいコーポレート・ガバナンスの担い手として『企業年金基金』の役割に注目、年金基金の企業経営への関与の手段として『株主議決権行使』に焦点を当て、わが国固有の制度的条件のもとで可能なコーポレート・ガバナンスの具体的戦略と、長期的視点に立った制度改革の方向について報告。


第2回

1)経済班の研究の方向

2)渋谷博史(東京大学)、花崎正晴(日本開発銀行設備投資研究所)

3)98年11月13日

4)日本開発銀行会議室

5)丸山真人(東京大学)

6)概要:

[1] 渋谷博史「経済班のテーマ『米国経済分析:東アジアからの視点』」

 経済班のテーマについての全体像を提起。全体は3つのパートから成り、第1篇は「米国経済の構造と歴史」、第2編は「パクス・アメリカーナと米国型福祉国家システム」、第3篇は「国際経済活動と東アジアへのインパクト」となる。

第1および第2編から、米国型経済システムの構造的特質とその論理を抽出し、それらが東アジアにおよぼす影響を捉え、そこから逆に米国型経済システムを分析する視角を形成し直すという、循環的な手法を試みる。


[2] 花崎正晴「『アメリカ経済と東アジア』構成案」

第3篇の研究計画を提起。構成は以下の通り。

経済班研究テーマ:「米国経済分析:東アジアからの視点」第3編(案)

第3編 国際経済活動と東アジアへのインパクト
1.アメリカの対外取引と対外不均衡問題
・貿易動向
・直接投資動向
・資本移動の活発化とその影響
・対外不均衡の拡大とその原因
2.コーポレート・ガバナンスの国際比較
・アングロサクソン型と日本型( orアジア型)との比較
・外資の役割(直接投資&間接投資)
・convergenceは生じるか?
・ガバナンスの変革に伴う問題
3.ウォール・ストリートと中国企業改革
・中国における企業市場化(株式公開)の進展とその評価
・中国への直接投資動向
・中国企業の資金調達面での特徴
・中国企業のガバナンス構造
4.ハイテク産業におけるアメリカの圧力
・日米のハイテク産業比較
・日米の通商政策の比較
・ハイテク産業摩擦の歴史的変遷とその評価
5.東アジアの通貨危機と国際機関
・東アジアの通貨危機の特徴
・国際機関のスタンスと役割
・世銀「東アジアの奇跡」の今日的評価
6.米亜経済関係の展望
・米欧関係との比較
・APEC等の役割
・緊密化する経済リンケージ

[3] 丸山真人、コメント

経済のグローバリゼーションからの視点のみならず、外資が現地経済にあわせるという特徴も指摘できることから、もう一方の極である経済のローカリゼーション(現地化)からの視角をもつべきであることを指摘。

以上の討議をふまえて、成果は、12月6日の全体研究会に報告される。


第3回

1)コーポレイトガバナンス論とアジア太平洋地域

2)王東明(日本証券経済研究所大阪研究所)、伊藤修(神奈川大学)

3)98年11月14日

4)東京大学

6)概要:

[1] 王東明「中国の株式所有構造とコーポレイト・ガバナンス」
中国政府は、「社会主義市場経済」を目標に、市場経済にふさわしい制度作りと立法に力を入れている。報告では、「会社法」の成立の背景、特徴、法の目的、などを明らかにすると共に、株式保有構造・コーポレイトガバナンスについて論じた。

[2] 伊藤修「コーポレイト・ガバナンス論、経済システム論、および現代日本の行政と組織」
(1)コーポレイトガバナンス論および経済システム論(主にAokiらの比較制度分析)の骨子の整理、(2)国際比較に関する実証分析の成果の紹介、(3)日本型システムの一部構成要素において現在露呈している問題点---裁量的行政の限界および官僚的組織のトップにおける「無責任体制」---の構造の考察について報告された。


第4回

1)日米英の年金基金とコーポレイト・ガバナンス

2)代田純(立命館大学)、秋山義則(滋賀大学)、広田真人(東京証券取引所)

3)98年12月19日

4)東京大学

6)概要:

[1] 代田純「最近のイギリス年金基金の動向」
最近のイギリス年金基金の動向について報告。

[2] 秋山義則「アメリカの州・地方公務員年金基金の投資行動」
アメリカのコーポレイトガバナンス論に必ず登場する州・地方退職年金基金(公務員年金)。しかし、従来、公務員年金のコーポレイト・ガバナンスに関する活動を公務員年金の投資行動との関連で検討した研究は少ない。公務員年金が株式投資を活発化させるに至った要因を明確にし、その株式投資の特徴からコーポレイトガバナンス活動との接点を見い出し、コーポレイト・ガバナンス活動と関連する州の公務員年金に対する介入問題について取り上げた。

[3] 広田真人「株式所有構造とCorporate Governance」
日本の株式所有構造とコーポレイト・ガバナンスについて従来の研究をサーベイ。


第5回

1)アメリカの金融・情報経済

2)井村進哉(中央大学)、福田豊(電気通信大学)

3)99年1月30日

4)電気通信大学

6)概要:

[1] 井村進哉「アメリカの住宅金融システム」
わが国は、金融自由化、証券化、国際化に対応するため、ますます激化する金利変動リスクに対処し、また今日直面する不良債権を処理する手段として、アメリカの証券化スキームに関心を高め、それを導入しつつある。 また、アメリカの住宅金融システムは、わが国の公的金融システムの改革論議との関連で、常にその手本として紹介される典型例をなしてきた。これらの問題から、アメリカの住宅金融市場における自由化・証券化と公的金融の肥大化現象を歴史的・構造的にとらえるとともに、これを福祉国家システムの視点から統一的に論じる、井村氏の実証研究について報告があった。

[2] 福田豊「アメリカの情報経済分析へ向けて〜ECとEDI〜」
アメリカ情報経済の分析を行なうにあたって、まず、情報に関わる基礎的な概念を明らかにするとともに、情報化の進展過程の重要なキー・タームとなるEDI (Electronic Data Interchange) およびEC について解説。EDIの効果およびその進展過程、ECの現在等について報告があった。


第6回

1)アメリカ経済と東アジア

2)渋谷博史(東京大学)、丸山真人(東京大学)、井村進哉(中央大学)、Charles Weathers(大阪市立大学)、花崎正晴(日本開発銀行)、矢坂雅充(東京大学)、立岩寿一(東京農業大学)

3)99年2月26日、27日

4)立命館大学末川記念会館会議室

5)コメンテイター:
丸山報告:加藤栄一(帝京大学)、須藤時仁(日本証券経済研究所)
井村報告:秋山義則 (滋賀大学)
Weathers報告:林健久(自治省地方財政審議会)
花崎報告:王東明(日本証券経済研究所)
矢坂報告:立岩寿一
立岩報告:矢坂雅充
  参加者:
秋山義則(滋賀大学)、 伊藤修(神奈川大学)、 井村進哉(中央大学)、 Charles Weathers(大阪市立大学)、 内山昭(静岡県立大学)、 王東明(日本証券経済研究所 大阪研究所)、 岡田徹太郎(東京大学大学院)、 加藤栄一(帝京大学)、 斉藤美彦(広島県立大学) 渋谷博史(東京大学)、 代田純(立命館大学)、 立岩寿一(東京農業大学)、 根岸毅宏(國學院大学大学院)、 花崎正晴(日本開発銀行)、 林健久(自治省地方財政審議会)、 広田真人(東京証券取引所)、 福光寛(成城大学)、 丸山真人(東京大学)、 矢坂雅光(東京大学)、 吉田暁(武蔵大学) 。以上、20名。
6)概要:

[1] 渋谷博史「経済班プロジェクトの全体構想」

次の3点について報告。
1.経済班プロジェクトの全体構想
2.1月全体集会の報告
3..本ワークショップのねらいと構成


[2] 丸山真人「現代福祉国家システム論のポランニー的再構成の試み」

ポランニーによって示された「大転換」の理論的枠組みを、市場原理(利得原理)に対抗する社会の自己防衛(生活原理)としての「二重運動」の新たな展開として捉え直す。 この二重運動の視点から、日本およびアメリカにおける福祉国家システムの再編について検討を加え、さらに制度派経済学からのアプローチを用い、経済の進化と地域経済・国家の果たす役割・地域的な連携という各課題について、理論的な枠組みが提示された。

(コメント) 二重運動というが、ポランニー自身は、市場原理から社会の自己防衛へと社会が変質した後、もう一度、市場原理に戻るとは考えていなかったのではないか。また、ポランニーの枠組みを使うなら、日本およびアメリカにおける福祉国家システムの再編を分析する際に先行研究として引用した『日米の福祉国家システム』には、「脱商品化」の視点が欠けている点を批判すべきであろう。


[3] 井村進哉「米スリフト株式会社をめぐる株式所有構造」

スリフトの伝統的経営構造と規制の歴史的側面を明らかにした上で、80年代以降のS&L危機と株式会社転換・持ち株会社設立および銀行再編の動向について実証的に分析、市場統合後(金融再編後)のコミュニティバンキングへの支援あるいは規制政策について、Community Reinvestment Act (CRA)等を例に、現状について報告があった。

(コメント) CRAには、域内再投資を促進するという意味と同時に反人種差別という意味も込められている。実施状態を図るCRA ratingの指標は、前述2つの目的を図るには問題も多く、また2つの目的は相矛盾する側面もあることが明らかになっている。それらの問題点についても言及するべきであろう。


[4] Charles Weathers, Metalworking Industries and Labor-Management Relations in the US and Japan

Prof. Weathers compared labor-management relations in the US and Japan focusing on metalworking industries. There is hostility between unions and manyemployers in many sectors in the US, while cooperation is quite close in Japan. Comparatively speaking, the Japanese metalworking sector exercises a much stronger influence on Japanese industrial relations than US metalworking sectors in the US, partly because of its role in shunto wage setting and the small size of Japan's public sector.

(コメント) 春闘には、当時の日本経済の国際競争の必要性という要因があり、春闘相場の上限を規定する側面があったのではないか、との質問がなされた。 この点については、Weathers氏より、実証は難しいがそういう側面もあったものと考えられる、との回答があった。


[5] 花崎正晴「米国経済分析:東アジアからの視点」第3編 企画案

本プロジェクトの第3編を構成する、国際経済活動と東アジアへのインパクト、というテーマに沿って、その枠組みを提示。主な構成は、アメリカの対外取引と対外不均衡問題、コーポレイト・ガバナンスの国際比較、中国における企業改革の方向性とその評価、ハイテク産業におけるアメリカの圧力、東アジアの通貨危機と国際機関、米亜経済関係の展望、となる。

(補足) 第3編のうち、中国についての研究を担う王東明氏より、氏の研究の方向性について報告があった。また、参加者より、「いちがいにアメリカ的制度といっても、国内に対するものと外国へ向けられたものとでは、かなりの違いがあるのではないか」といったコメントの他、ヨーロッパ研究者からは、米亜関係を考えるにあたっての、比較としての米欧関係について、個々のテーマに即して、多くのコメントが寄せられた。


[6] 矢坂雅充「アメリカと日本農業」

日本農業について、高度経済成長期の農業・農村の特徴から、中山間地域の現状および北海道の現状について、アメリカが与えた影響について報告があった。また、食糧需要の日本的「アメリカ化」が進み、外食産業の農産物需要が、輸入農産物、あるいは生鮮食糧については施設型農業(水耕栽培など)による農産物に偏重していることが指摘された。

(コメント) 日本の農村整備政策の特徴について質問がなされた。それに対し、矢坂氏より、全般的に農政が米価政策に偏重してきた歴史をふまえた上で、農水省予算の余裕が農村整備に回されてきたが、大半が稲作向けとなっており、それ以外の農村整備(たとえば牧草地向けなど)は、ほどんどなされていない、という回答があった。


[7] 立岩寿一「アメリカ農業政策の多面的性格と環太平洋市場」

(1)保護農政(価格支持や所得保障etc.)の展開,
(2)輸出対策の導入と促進,
(3)環境・自然保護,の3つの視点から、アメリカ農政の変遷について報告があった。

近年、保護農政よりも、市場指向の強化と環境・自然保護の継続という形で、農政の重心の移動があり、また輸出振興策の対象として、EUよりも環太平洋市場がターゲットにされていることが示された。あわせて、アメリカ農業にとっての日本市場は、安定的市場かつ複雑な市場(消費者の要求する品質がアメリカ市場と異なる点)であることが指摘された。

(コメント) アメリカの農業も、日本市場の要求品質の質的違いに対応できるようになってきているのか、との質問がなされた。それに対し、立岩氏から、消費者の要求する品質が、アメリカでは栄養素の構成が中心となるのに対し、日本は添加物の有無や鮮度が問題となるという違いを明らかにした上で、対応できるかどうかについては、生産者の行動よりも、輸入商社の対応にかかっている、との回答が示された。


【上記2報告の討論等】

上記2の報告は、関連分野であることを考慮にいれ、矢坂報告 => 立岩報告 => 矢坂コメント => 立岩コメント => 全体討論の順で進められた。参加者からの発言としては、「戦後、アメリカの中で日本市場の重要性が低かったのはわかるが、日本の受け手はアメリカの圧力を十分感じてきた」という指摘や、「農業そのものをグローバル化のなかでどう考えていったらよいか。農業と文化は切り離せないものとして存在しているのかどうか。」といった質問がなされた。

参加者からの質問「土地保有について、日本では株式会社による保有禁止など強い規制があるが、アメリカで規制が弱いのは何故か。」という点については、立岩氏より「日本では優良農地が、そのまま優良工業地や優良宅地になりえ、(強い資本力によって)転用されてしまう恐れがあるが、アメリカでは、一般に、農地・工業地・宅地の住み分けがはっきりしており規制の必要がない」ことが示された。


【注】
すべての報告において、特に指定したコメンテーター以外の参加者からも有意義なコメントがなされた。上記の「(コメント)」部分には、これらの参加者からの主要なコメントも含まれる。