文部省科学研究費補助金「特定領域研究(B)」



安全保障班 1998年度活動概要・研究会議事録


1998年度活動概要

本年度は初年度ということでもあり、研究のすすめ方、また「アジア太平洋の安全保障の枠組み」、「アメリカの安全保障政策」等についての研究分担者間の基本的な相互了解を図るために幾つかの研究会を開催した。第1回は9月11日に開催し、全体の説明、また、本研究班の方向等を議論した。第2回は、10月30日に開催し、アメリカ大使館のケント・カルダ−氏を招き、アメリカのアジア太平洋、日本に対する安全保障政策についてのプレゼンテ−ションが行なわれた。第3回は、11月20日に行なわれ、山本氏から、冷戦後のアメリカの安全保障に関する、一つの理論仮説が示された。第4回は、12月18日に開かれ、The United States Institue of PeaceのScott Snyder氏から、米日韓の北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に対する政策協調のプレゼンテ−ションを受けた。第5回は、1月28日、梅本氏がアメリカの安全保障政策についての研究発表を行なう。

1998年度研究会議事録
凡例:1)会議あるいは報告タイトル、2)報告者、3)日時、 4)場所、5)コメンテイターなど、6)会議の概要

第1回

1)U.S. Security Policy and the Future of Asia

2)Kent E. Calder

3)98年10月30日

4)東京大学

6)概要:

アメリカの安全保障政策について、グロ−バルな安全保障、アジア地域の安全保障、日米間の安全保障という3つのレベルに分けて、冷戦後の安全保障の構造の変容と現状をまとめた。グロ−バルなレベルでは、米ソ二極体制が崩れ、エスニシティや核の拡散、情報時代と呼ばれる技術の発達がなどが重要な課題となっていること、アジア地域では、北朝鮮問題はそれほど大きな問題ではなく、むしろ経済危機やエネルギ−問題が重要であること、経済的相互依存関係の進展が安全保障に影響を与える可能性があることを指摘した。また、日米間の安全保障については、冷戦の終焉とともに日米安全保障条約体制が変容を迫られているが、なかでも防衛大綱と基地(特に沖縄)が重要な問題であると述べた。安全保障問題が今後、日米両国でより世論の関心を集める問題となることを指摘し、日米が協力して共通の課題(実例として、中国におけるポリオの撲滅など)に取り組むことが日米協調を進める上で重要であると論じた。


第2回

1)アメリカの安全保障政策とアジア太平洋−イメージ、政策、政治

2)山本吉宣(東京大学)

3)98年11月20日

4)東京大学

6)概要:

山本を中心に、各自の研究計画が報告された。

山本は、今後、アメリカのアジア太平洋における安全保障イメージの変化、および変化のメカニズムを、世論、議会、行政府、軍等に関する、アメリカを中心とするさまざまな資料から実証的に明らかにしていく、という研究方針を明らかにした。

恒川は米州内部での麻薬移民問題を、山影は60年代以降の東南アジア諸国間の組織化とアメリカ外交の関係を古城は、アメリカの「経済安全保障」概念におけるアジア太平洋諸国の位置を、木畑は、50年代以降の、オセアニア−アメリ力関係を、明らかにしていく方針を、示した。


第3回

1)The North Korean Missile Test: Implications for U.S.-Japan-ROK Policy Coordination

2)Scott Snyder(The US Institute of Peace, Abe Fellow)

3)98年12月18日

4)東京大学

6)概要:

98年8月の北朝鮮のミサイル/人工衛星の発射のケースを取り上げ、それに対する、日本とアメリカ(そして、韓国)の間の協調関係のパターンを明らかにすることが目的である。日本とアメリカの間では、北朝鮮のミサイルの発射に関して、情報の交換などのテクニカルな協力はかなりスムーズに行っていたといえる。しかしながら、日本の政府内での情報の流れは十分ではなく、また、日米間においては、政治的な差異が多くあらわれた。たとえば、ミサイル/人工衛星のどちらかをめぐる解釈、また、アメリカの情報の供与、またテポドンに対する脅威認識において、その差異が明らかになった。そのことは、日本における情報収拾衛星の開発、そして、TMDの日米共同開発に弾みがかかったことに表れている。今後、北朝鮮に対して、日米間で、テクニカルな協力だけではなく、政治的な協力の枠組みを作っていくことが必要である、ということになる。また、94年の北朝鮮の「核危機」と比べてみると、テクニカルな協力はスムーズであるが、政治的な差異が表れる、というパターンが共通に見られる。北朝鮮の交渉スタイルは、「瀬戸際外交」とも*,いえるものであり、今後もそれがつづくものと考えられる。いくつかの地域紛争に備える、というのが冷戦後のアメリカの安全保障政策の柱の一つであり、その面からいえば、北朝鮮とイラクの問題は、アメリカの目から見て、相互に関連のあるものと考えられる。


第4回

1)「拡散対抗」と米国核戦力

2)梅本哲也(静岡県立大学)

3)99年1月28日

4)東京大学

6)概要:

冷戦後のアメリカの安全保障政策の一つの柱である「拡散対抗−−counter-prolifcration」とアメリカの核政策について、その概念、問題、議論の在り方、政策、そして、具体的な計画、に関して詳細な報告がなされた。冷戦後の国際安全保障の一つの問題は、化学兵器、生物兵器などの拡散であり、それをいかに防ぐか(拡散防止)である。しかしながら、不幸にしてそれが拡散し、イラクなどの「地域の敵性国家−−rouge state」がそれを保持した場合、それにいかに対抗するか(「拡散対抗」)も大きな問題である、この「拡散対抗」において核兵器がいかなる役割を果たすか、がアメリカの核政策をおおいに左右する。一方では、核兵器は「拡散対抗」に有効であるとの議論が存在し、他方では有効でない、とする議論が存在する、もし前者の立場に立てば、核の有効性は広まり、核軍縮は進まず、また、核拡散さえ引き起こしかねない。後者の立場にたち、それを明らかにすれば、「拡散対抗」は困難になる。たとえば、アメリカの「非核の国がアメリカやアメリカの同盟国を攻撃しても、アメリカは核で対抗することはない」という「消極的安全保障」はこれにあたる*,。しかし、湾岸戦争に見られるように、イラクが化学兵器を使用した場合、アメリカは、核の使用を明確にはしない。このような「あいまい性」が実際の政策となっている。そして、今後も、「白黒」をはっきりさせない政策がつづくものと考えられる。


第5回

1)Next Steps in Multilateral Security Cooperation in the Asia Pacific:国際社会科学専攻のコロキアム

2)Prof. Paul Evans(Harvard University, University of British Columbia, Canada)

3)99年3月4日

4)東京大学大学院総合文化研究科

5)参加者:山本吉宣、木畑洋一、恒川恵市、古城佳子、梅本哲也、森拓一郎、宋和変、岡田晃枝、鈴木早苗

6)概要:

アジア太平洋における多角的な安全保障の枠組みは、90年代初頭、カナダ政府などのイニシアティヴによって作られようとしたが、そのアイディアはなかなか受け入れられなかった。それに対して、カナダ政府は、いわゆるトラック2と呼ばれる、非政府の多角的な安全保障の枠組みを作ることを試み、それはCSCAPなどのかたちで現れる。そして、多角的安全保障対話は、90年代を通しておおいに発展するのである(90年には10件であったものが99年には150件となる)。しかし、そのような安全保障対話がどのくらいの効果を持つものか未だ明らかではない。一方で、昨今の、たとえば、アメリカのBMD計画をみても明らかなように、「国益」にもとづいた一方的な行動がみられ、他方では、中国の安全保障対話についてその理解がおおいに進んでいる、という事象も見られる。トラック2の役割はかなり限定されたものであり、国家/政府からより独立的なトラック3ともいうべきものを考えるべきであり、その目的は必ずしも政府の行動に影響を与えるということではなく、アジア太平洋に、civil societyを作り上げていくことである。しかし、中国、韓国、北朝鮮などを見ると、道は遠いといわざるをえない。