文部省科学研究費補助金「特定領域研究(B)」




本プロジェクトに関連した研究状況を概観する場合には、a) 地域統合研究、b) 米国・アジア太平洋諸国関係研究、c) アジア太平洋地域経済・技術移転の研究、d) 情報と労働力移動研究、e) 文化接触・融合研究、f)環境研究の6分野に言及する必要がある。

まず、 a) 地域統合に関する研究は、まず、第二次世界大戦後のヨーロッパにおける経済統合の進展に並行して発展してきたが、アジアの場合には、ASEANの経済成長に対応して研究の進展がみられてきた。また、南北アメリカの場合には、伝統的な汎米主義や米州機構の研究の上に、近年ではNAFTAに関する大量の研究成果(たとえば、The NAFTA: A Legislative History of NAFTA, 31 vols., 1994の刊行など)が出されてきている。しかし、アジア太平洋地域全体の場合には、近年、APECへの関心が高まってきているものの、研究はまだ緒についたばかりである。特に、米国によるアジア太平洋地域協力の研究となると、日米や中米などの二国間関係の研究としては蓄積されているものの、アジア太平洋地域全体に広がる研究は、フランク・ギブニー『太平洋の世紀』(1992年)や船橋洋一『アジア太平洋フュージョン』(1995年)などがある程度で、ようやく緒につき始めた状態にある。

次にb) 米国・アジア太平洋諸国関係研究については、従来、日米関係、とりわけ、日米戦争の起源を中心とした研究が多数蓄積されてきた。たとえば、細谷千博ほか編『日米関係史ー開戦に至る10年』全4巻、1971-72年が代表的なものであるが、その他、米中関係や米国と東南アジア諸国との関係史の研究も進んできたが、「アジア太平洋地域」という拡がりの中での研究は不十分であった。若干の例外として日米安全保障条約史の研究との関連で太平洋地域における集団安全保障構想の研究などもみられたが、それは米ソ冷戦の文脈の中での研究という制約をもっていた。また、 c) アジア太平洋地域経済・技術移転の研究の分野では、日米間の貿易や投資摩擦の研究が多数蓄積されてきたとともに、アジアNIEsの経済成長に刺激されて、ASEAN単位での地域経済の分析も進展してきた。しかし、北米や中南米、オセアニアも含めたアジア太平洋地域全体での相互依存や対抗関係を解明した研究は未開拓の状況にある。また、技術競争や技術移転の研究においては、日本における研究の場合、大部分が先端技術の開発をめぐる日米間の競争と相互依存関係の研究に集中しているが、他のアジア太平洋地域諸国の経済成長に伴う技術移転の問題も重要性を高めており、その点については米国での研究蓄積に注目する必要がある。

また、 d) 情報と労働力移動研究の分野では、従来からマスメディアにおける日米関係の研究が盛んであったが、近年では「文化帝国主義」研究の活発化に伴ってアジア太平洋地域の拡がりの中で映画やTVを中心とした情報産業の研究が始まっている。また、インターネットの発達に伴う情報ネットワークの発達が広大な大洋に隔てられたアジア太平洋地域諸国間の隔絶感をどのように短縮し、一体感を増してゆくか、についても今後の研究が期待される分野となっている。他方、ひとの移動については、日本においては従来から南北アメリカに渡った日系移民の研究が多くの蓄積を見せてきたが、近年では米国におけるアジア系移民の急増に対応して、米国では中国系、朝鮮系、フィリピン系、インドシナ系などの研究も活発になっており、このようなアジア系移民の増加が米国人のアジア太平洋地域観にどのような変化を及ぼすかも注目すべきテーマとなっている。また、近年の企業による海外進出の活発化に伴って、移民とは性格を異にする長期の海外勤務者や帰国子女タイプの子ども達も急増している。このような現象はアジア太平洋地域の一体性を強める上で、無視できない影響を及ぼすと考えられるが、この側面の研究も緒についたばかりである。

e) 文化接触・融合研究では、従来から日米間の文化交流研究が豊富な蓄積を見せてきたが、冷戦終結後の米国では、Samuel Huntington, The Clash of Civilizations and Remaking of World Order, 1996に象徴されるように、異文明間の対立の激化を予想する研究も登場してきている。米国における「日本異質論」の台頭も同じような文脈にあるし、人権問題をめぐる米中間や米シンガポール間で表面化した対立も類似した問題であり、今後は、日米だけでなく、広く「東洋」と「西洋」の「間文明」的摩擦や融合の問題として研究を深化させてゆく必要がある。その点では、近年の欧米で活発になっている「カルチュラル・スタディーズ」による「オリエンタリズム」研究やアジア各国における「アメリカニゼーション」過程の研究が大いに参考になる。

f) 環境研究では、エルニーニョ現象とか、地球温暖化、タンカーによる海洋汚染の問題などどれをとっても、アジア太平洋地域の相互依存性が最も強く意識されている分野である。しかも、地震などの自然災害の予知や発生後の危機管理などのように、日米間でも既に協力関係が進展している分野もあり、アジア太平洋地域の「生態系」の共通性の自覚が他の競争的な分野の意識をどう変えてゆくのか、は大変興味深い研究課題となっている。

このように本プロジェクトに関連した諸分野においては、日米関係の二国間関係の分野ではかなりの研究蓄積があるものの、他のアジア太平洋地域と米国との関係の研究は、日本の場合、非常に手薄な状態が続いてきた。それ故、アジア太平洋地域の拡がりの中に日米関係をも位置づけ直す試みは必ず日米関係それ自体にとっても新しい視座を提供してくれるものと確信している。また、過去の重点領域の研究でもこのアジア太平洋地域における米国の役割に注目した研究は全く取り上げられておらず、米国研究を新しい角度から発展させる意義ももっていると自負している。