文部省科学研究費補助金「特定領域研究(B)」




本研究は、現在、「地域協力」の進展が著しいアジア太平洋地域の構造変動において米国がどのような位置と役割を担おうとしているのか、米国の政府・議会のみならず、大学や民間研究機関、さらには、経済諸団体や一般国民の世論の動向も含めて総合的に分析しようとするものである。

米国国内では、1989年11月にアジア太平洋経済協力会議(APEC)が発足する以前から環太平洋地域における地域協力のあり方をめぐって様々な論議が交わされてきた。それは、ヨーロッパ系移民が主流となって建設してきた米国の場合、伝統的には、ヨーロッパとの絆を重視する「大西洋共同体」意識が強固であったが、西ヨーロッパ諸国がヨーロッパ共同体(EC)からヨーロッパ連合(EU)へとその結束を強化する中で、米国としても何らかの形で近隣諸国との結束強化に迫られたためであった。その一つの結果が、カナダやメキシコとの北米自由貿易協定(NAFTA)の締結であったが、同時に、アジア太平洋地域との貿易や投資が増大するにつれて、同地域との協力強化を求める声も高まり、APECへの参加も決定され、今日では有力な加盟国の一つとなっている。

このように、米国が今後地域協力を推進する場合、その発展方向は、伝統的な「大西洋共同体」の方向、NAFTAのような西半球内部の方向、そして「太平洋共同体」の方向、という少なくとも3方向が考えられる(図1.参照)が、果たして今後はどの方向が主流となってゆくのか、それを検討することは、21世紀における日本のみならず、アジア太平洋地域の発展方向を探る上でも、極めて重要な研究課題であろう。その際、冷戦終結後の米国国内では、外国への関与を縮小し、国内市場を優先させる「内向き」の風潮も強まっている。それ故、地域協力に否定的な論調も含めて、「アジア太平洋地域協力」をめぐる米国国内の反応を示す基礎的資料を総合的かつ系統的に収集、整理、分析し、近未来の発展方向を予測することは、21世紀を間近に控えた現在の日本にとって、喫緊の研究課題である。その意味で、本プロジェクトは、日本が直面する「社会的諸課題の解決に密接な関連を有しており、その解決を図るため、その研究成果に対する社会的要請の高い研究領域」と言えると確信する。

また、アジア太平洋における地域協力を考える場合には、貿易・投資などの経済面だけでなく、政治外交・安全保障の側面の検討も重要である。また、米国側でのアジア太平洋地域に関する認識・イメージの変遷や学者・留学生などの文化交流の進展、グローバルな規模で展開するコミュニケーション・ネットワークの拡大の影響などを含めた文化的契機の分析も重要であるし、1960年代半ば以来顕著になっているアジア系移民の人口増加が与える影響など社会的契機についても分析が不可欠である。さらに、以上の社会・人文科学的側面だけでなく、地域協力を考える場合には、技術や環境など自然科学との境界領域にも注目する必要がある。そこで、本研究においては、東京大学教養学部付属のアメリカ研究資料センターに関連する各分野の研究者による学際的な共同研究として、政治外交、安全保障、経済変動、情報・社会変動、文化接触・融合、生態系・環境保護の6側面から多面的かつ総合的に検討してゆこうとしている。

従来の研究では、日米関係における外交や軍事、経済面の研究が蓄積されてきたものの、「アジア太平洋地域」という拡がりの中に日米関係を位置づけ直す研究は不十分であった。それは、第二次世界大戦後の日本にとって米国が群を抜いた重要性をもってきたためであり、また、アジア太平洋地域全体でいえば、近代以来、欧米諸国からの外圧や植民地化という非対称な国際関係を余儀なくされ、対等な地域関係を欠いていたために、欧米との関係が重視され、地域全体としての連関が軽視されてきたためでもあった。その上、第二次世界大戦後に東南アジア諸国が独立を達成した後も、南北の経済格差は残ってきたし、東西間の「冷戦」の影や日米間の貿易摩擦のような「北北」対立の影響も加わって、この地域では内部の格差や対立が目立ち、同一地域の成員としての「共通感情」は形成されにくかった。

しかし、ASEANの進展やEUの発展に刺激されて、近年の「アジア太平洋地域」においては「地域協力」が急速に進展しつつある。それが果たしてEUなどのような「地域統合」にまで発展するのか、その際、米国は中心的なメンバーになってゆくのか、という問題は未解明の重要課題である。また、「地域統合」が進展する場合も、経済協力が先行する場合もあれば、環境保護や安全保障面での協力が先行する場合もあり、このアジア太平洋地域の場合の進展プロセスの予測も重要な研究課題となっている。その点で、本研究プロジェクトは「研究の整合性ある発展の観点からみて重要であるが立ち遅れており、その進展に特別の配慮を必要とする研究領域」となっていると確信している。

さらに、これまで採択された地域研究関連の「重点領域」においては、中国や南アジアという比較的に文化的共通性の高い地域研究がとりあげられてきたが、アジア太平洋地域における米国の位置の解明をめざす本プロジェクトにおいては、北米、中南米、オセアニア、北東アジア、東南アジア、という少なくとも5文明地域の「間文明」的な相互関係の分析という全く新しいアプローチが必要になってくる。それは、従来の地域研究の方法論の抜本的な組み替えを必要とする研究であるだけでなく、人文・社会科学の範囲だけでなく、環境や技術といった自然科学分野との学際的な研究の進展を不可欠にするものでもある。つまり、本研究プロジェクトは、新しい地域枠組みを設定し、それを人文・社会・自然という三分野の研究者の相互協力によって学際的に研究しようとするところに特徴があり、科学の「整合」的な発展にも貢献するものと自負している。